大阪地方裁判所 昭和45年(む)424号 決定 1971年2月23日
申立人 松本信吾
決 定
(申立人、代理人弁護士氏名略)
坂本金一に対する窃盗被疑事件につき昭和四五年一〇月六日豊中市二葉町二四二番地先空地において司法警察員が押収したブルドーザー一台に関し、右申立人代理人から、同物件についての還付申立却下処分および仮還付処分に対する準抗告の申立があつたので、当裁判所は、次のとおり決定する。
主文
本件申立をいずれも棄却する。
理由
一、本件申立の要旨
本件申立の趣旨は、「(一)大阪府豊中警察署司法警察員横尾喜蔵の押収にかかるブルドーザー一台(車体番号一五八六七号、以下本件物件と称する)につき、申立人代理人よりの還付申立に対し昭和四五年一一月七日に同司法警察員がなした却下処分を取消し、これを申立人に還付する。(二)同司法警察員が同年一〇月二六日本件物件についてなした仮還付処分はこれを取消す。」旨の決定を求める、というにあり、またその申立の理由とするところは、大要次のとおりである。
(一) 本件物件は申立人が坂本金一から同人に対する一三九万円の消費貸借契約の売渡担保として受取つていたものであるが、その後昭和四五年一〇月六日に前記司法警察員により、右坂本に対する窃盗被疑事件について領置され(申立人の任意提出にもとづく)、さらにその後右被疑事件の被害者であるという小林茂に仮還付されているものである。
(二) ところで、申立人は、右坂本から本件物件を受取るにあたつては、これが盗品であることなどは知るよしもなく、平穏、公然、善意、無過失の状態でその占有を開始したのであつて、民法一九二条により、有効に担保権を取得したものである。本件物件がかりに盗品であつたとしても、民法一九四条の規定により、申立人としては、代価を弁償してもらつたうえでなければ、これを被害者に返還する義務はないと解する。
ちなみに、ブルドーザーは一般の乗用車と異り、陸運局備えつけの登録台帳はなく、車券もなく、一般の動産と同様その占有のみによつて、物権の移動が表示されるものである。
(三) 以上の次第であつて、本件物件は申立人に還付されるべきものであるから、刑事訴訟法四三〇条二項にもとづき、前記申立の趣旨どおりの決定を得たく、本件申立に及んだ。
なお、申立人の前記還付申立に対する却下処分は書面で明示されたものではないが、そのような場合でも、これを準抗告の対象となる「処分」といつて差支えないものと解する。
二、当裁判所の判断
(一) 大阪区検察庁より取寄せた一件記録、証人横尾喜蔵の供述ならびに同検察庁検察事務官よりの電話聴取書二通によると、昭和四五年九月一八日午後六時より翌一九日午前八時までの間に、白川石産株式会社々長小林茂管理にかかる本件物件(時価約八〇〇万円)が大津市南志賀二丁目先の白川石産株式会社砂取場において、何者かに窃取されたこと、その後同年一〇月六日にいたつて、さきに右物件を白川石産株式会社に割賦販売した株式会社小松製作所大阪支店の管理課長から、同物件が豊中市二葉町のアパート前に放置されている旨大阪府豊中警察署に届出がなされたこと、そこで同警察署において同物件の当時の保管者平川善久を取調べたところ、申立人から預つている旨の供述がなされたので、さらに申立人を取調べたところ、同人は同年九月二〇日に坂本金一から一三九万円の消費貸借契約による債権の売渡担保としてこれを預つた旨申立てたこと(後に現金九〇万円を坂本に渡した旨訂正して供述)、そこでさらに同警察署は、右坂本を窃盗被疑者としてその所在捜査を開始するとともに、申立人から同年一〇月六日本件物件の任意提出を得たうえ、いつたんこれを領置し、さらに保管請書を徴して同人に保管させていたが、その後何者か(申立人が代表取締役となつている豊栄商事株式会社の社員ではないかとの疑いがある)がこれを運び出して、大阪市東淀川区一八条町一の二九一番地先の空地に隠匿したので、同警察署では、同月九日これを右現場でいつたん領置したうえ、前記株式会社小松製作所大阪支店にこれを保管させることにしたが(本件物件は割賦販売代金の支払未了によりまだ同店にその所有権が留保されていた)、前記被害者白川石産株式会社々長小林茂から本件物件がなければ採石業経営上困窮するとの理由によりその返還方の懇請があつたので、同年一〇月二六日同警察署から同会社々員西浦豊にこれが仮還付されたこと、その後坂本金一が逮捕され、同警察署員が同人を取調べたところ、本件物件を白石保夫なる者から同年九月二〇日に大阪市北区伊勢町四一番地先路上において代金二五〇万円で買つた旨供述したこと、そして警察においては、右坂本が当時賍物であることの情を知つて買い受けたものと認め、また坂本からこれを預つた申立人についても賍物故買の疑いがあるとし、右両名を賍物故買被疑者として書類送検する一方白石保夫なる者の身許を追及したが、その身許ならびに所在とも確認できなかつたこと、その後昭和四五年一二月二五日に大阪区検察庁において右両名とも嫌疑不十分の理由で不起訴処分となつたこと、なお、同年一一月六、七日頃前記豊中警察署の司法警察員横尾喜蔵が申立人の代理人弁護士樺嶋正法から電話で本件物件の還付請求を受けたが、その際これを拒否したことを認めることができる。
(二) ところで右豊中警察署司法警察員横尾喜蔵が申立代理人からの電話による本件物件の還付請求に対し、これを拒否したことは前記認定のとおりであるが、このような口頭による拒否の意思表示であつても刑事訴訟法四三〇条一、二項にいう押収物の還付に関する「処分」というに妨げないものと解せられる(東京地裁昭和四〇年七月一五日決定下級裁判所刑事裁判例集七巻七号一五二五頁、大阪地裁昭和三八年一月二九日決定前同裁判例集五巻一・二号一五七頁、同地裁昭和四五年九月一一日決定判例集未登載参照)。
(三) そこで、右司法警察員がなした還付申立却下処分ならびに昭和四五年一〇月二六日になした前記仮還付処分の当否について考えるに、刑事訴訟法二二二条、一二三条二項によると、検察官、検察事務官または司法警察職員は、所有者、所持者、保管者または差出人の請求により、仮に押収物を還付することができる旨規定されている。そして、仮還付請求があつた場合に仮還付をすべきかどうかについては、所有権あるいは占有権の帰属関係、請求者が対象物件の保管に適する者かどうか等当該事案における諸般の情況を考慮して決すべきものであり、またその決定の基準ないし具体的条件が還付(本還付)の場合と同一でないことも当然である。
ところで前認定のとおり、本件物件は、当初白川石産株式会社々長が管理使用していた(所有権は株式会社小松製作所大阪支店に留保されている)ところ、これが盗まれ転々したすえ申立人の占有に帰していたものであつて、このような場合に、物件の占有者である申立人が賍物故買者など悪意の取得者であるときは勿論のこと、民法一九二条による善意の取得者であつても、盗品の被害者としては民法一九三条によつて二年間占有者に対してその物の回復を請求することができるのであるから、右白川石産株式会社が仮還付請求権を有することは明白である。のみならず、前記仮還付にいたるまでの諸情況を考えると、仮還付がなされた段階においては、同会社に本件物件を保管させることが適当であつたと認められ、その後も特段の事情の変更はうかがえない。
なお申立人代理人は、民法一九四条の規定により、申立人としては、代価の弁償を受けるのでなければ、本件物件を被害者に返還する義務はない旨主張するが、一件記録に照らすと、申立人は本件物件を競売あるいは公の市場において買受けたものでないことは明らかであり、またこれと同様の物を販売する商人より買受けたものとも認められないから、右主張は当を得たものとはいい難い。
(四) 以上の次第であるから、本件物件につき司法警察員横尾喜蔵のなした前記仮還付処分ならびに申立人代理人の還付申立を却下した処分は、いずれも不当なものとはいえず、むしろ適切妥当な措置であつたと認められるのであつて、これらの取消、変更を求める本件準抗告は理由がないものというほかない。
よつて刑事訴訟法四三二条、四二六条一項に則り、本件申立をいずれも棄却することとし、主文のとおり決定する。